タイトルは、まだ、ない。

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...... 2015年08月24日 の日記 ......
■ エリザ−1   [ NO. 2015082401-1 ]
【ツイが消えてしまっていたので、途中からの感想】

花總シシィの「私だけに」
何度も言うけど、あの一曲の中に詰められた感情の多さ。まさに1フレーズごと。歌詞じゃない、言葉、感情が篭められている。辛さ苦しみ痛み哀しみ挫折絶望。そこから、でも!と好転し自分というものに気付き目覚め決意し、強さと自我と矜持を備える。この流れの鮮やかさと言ったら!何より、その感情がこちらにまで届く。届かなくちゃ意味がないもの。うねりが劇場全体を巻き込んで、包まれる。圧倒的、とはこのこと。花總さんの優れているところは、そういうとこじゃないかなぁ。

子供生まれてから出てくるフランツって、もみあげちょっと伸びてるよね?ずっと気になってたんだけど。細かい(笑)
ハンガリーでいつトートが出てくるのか、結局確認しないままだったなぁ…。毎回、ゆうたがハケた後に気付くといる…。ここで「なんでぇ〜?」って首傾げる城田かわいいよねん。
ここでもそうだけど、城田、シシィに対して、近い近い!まじでちゅーする1秒前くらい。しちゃえよ。二人で踊った婚礼の夜、とか言ってるけど、一人で振り回してただけだろ!ダンスになってなかったわよ!と思いつつ。トートって、生かしたいの?すぐ殺したいの?どっちも好きなの?
昨日も言ったけど、ここでハケる前のまりおくんのお手振りにも注目である。私に!皇帝陛下直々に!お手振りを!と感動して、ほんとーにお手振り返したかった。ドリライなら絶対返してる。普段振らないくせに。
戴冠式、城田はいい加減自分で降りられるでしょう、と思ってる(笑)いつか鞭が誰かに当たりそうだなぁ、とか。そういや22日は女官の傘が松也さんに当たったよね。傘は危ないよー。まりおくんが花總さんを思い遣るとこ、ありがとうってするけど距離があるの。
戴冠式の衣装、ここだけフランツはブーツだよね。黒いから、佐藤さんだと体型からか長靴に見えるのよね…。「私が踊るとき」昨日は、そうそうこれが観たかった!8日以来の花城。城田も手加減しないバチバチ感。花總さんは日本語としては「微笑み」という点で1幕と同じなんだけど、笑みの種類が違う。
表情(と化粧)だけで、役者ってここまで表現出来るんだな、と毎回思う。若い時はまだいいよ?でも、まだ自分でも経験していない年齢を見事に表すのが素晴らしい。しかも、ただやっているだけじゃない。舞台でそれをそのように見せるという技術が素晴らしいのである。
池田子ルドちゃんは、これまでの子ルドちゃん達が軒並み「ママー!!!」と叫びながら出てくるのに対し、「ママ…ママ…」と不安げに呼びかけている。そこにまずハッとさせられるのよね。猫を殺した、と吐露し涙を浮かべるのもグッとくるのである。ハッとしてグー…。
ゾフィーのとこで出てくるまりおくんは、もうロイヤル直角きゅっきゅっ歩きをしていないんだよね。壮齢の雰囲気と、もう自分の考えで、というのが表れている。簡単じゃないはず。そして眉間の皺。デコが広すぎてパーツが集中しすぎなきらいもあるけれど。やっぱ化粧だけじゃ表現出来ない部分も出てる。
だって、元の顔を考えてご覧よ。まりおくんなのにまりおくんじゃないフランツ。化粧してない稽古場ってどんなだったんだろ。今頃どの辺に、というところでは高齢に。歩き方がねー切ないのよね…。コルフ島のシシィが出てきて真っ暗なのに、まだよろよろしている。哀愁と孤独。意思を持ったのに、一人。でも、父と息子の場面になると、ちょー元気なんだよね(笑)いや、怒りで、ってのはわかります。

父と息子、母と息子は子供時代に同じ場にいるシーンはなく。あるのは、お互いを向いているはずなのに向き合えていないシーンだけ。史実ではたまにあった、というが救いかな…。ウィーンにはたまにしか戻らなかったシシィが、ルドを産んで10年後にもう一人女の子産んでるんだもん。完全に冷え切っていたわけではないんだよね。クリスマスを一緒に過ごしたり、ウィーンには来ずともプダには来るシシィに会いに行ったり。コルフ島にまで追っかけていったこともあるんだよー。
江村さんも、しきりに「愛し合っていないわけではなかった」って書いてるの。もー>< 何がいけなかったんだろう…。ついでに言えば、マリー・ヴァレリーが男の子だったら、帝国の未来も変わっていたんだよね。マリーに否はないけど、運命、かなぁ。


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